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自作を語る 第11弾 村上康成さん(絵本作家)

児童文学ぞろ目の日!自作を語る 第11弾 

絵本作家 村上康成さん にご著書を紹介いただきます!

  

 

『しろいちょうちょがとんでるよ』    

作・ 村上康成   (ひさかたチャイルド)

 

まだ目も見えぬのに、くりりと目を開き、耳を澄まし、うごめく赤ん坊。生まれて間もないこの赤ん坊を今、見つめる母親がいる。我が娘である。僕たちは初めて知るこの空間である。

そろそろオッパイ?ウンチ?頭が絶壁!?あれこれ、不安な中にも、この上ない幸せがここにある。必死で、育てる姿を見ながら、妻と僕は感謝である。

妻は、考えるでもなく赤ん坊に声をかける。「くーちゃん、いいお顔してまちゅねえ、なんてかわいいの」。新米母は、掛ける言葉を探しながら、「はいはい・・・」。娘は至福にいながらも、睡眠不足で、眠そうである。そりゃそうだ。

 

絵本だな。思いついてしまった。しかも2つも案が。ササーとラフを描き、編集者に見せた。この絵本の方の素案に頷いてもらった。一刻も早く、作って出してほしい。そんな無茶ぶりで懇願した。「えー!?そんなに待ったら大きくなっちゃうじゃないですか」。出版社の事情も聞く耳持たず、すでに爺バカむき出しの絵本作家…。近い出版計画に何とか、入れてもらうことができた。

どうせ声をかけるなら、美しい言葉を届けたい、心地よいリズムを感じてもらいたい。やがて見えはじめる瞳に、きれいな色や形を見せたい、と思った。

「あおい そらに・・・しろいちょうちょが とんでるよ ひらり ひらり・・・みどりの のはらを とんでるよ・・・ぱっ ぱっ ぱ あか あお きいろ・・・」

お母さんやお父さん、傍らで寄り添う人々が、吐息を届けながら、やがてこの絵本を読み終わる時、穏やかな、健やかな、そんな愛の時間が生まれますように。

つまり、この絵本は大人に向けた赤ちゃん絵本だと思う。娘の時には間に合わなかったが、お腹の中にいる時から、さすりながら、見て読んでほしいなと思う。

 

【ぞろ目 自作を語る 村上康成先生 質問】

 

(1)「おなかにいる時から、さすりながら、見て読んでほしい」と、説明されています。絵本は、親子のコミュニケーションを作り出せるもの、ということでしょうか?

 

お腹の赤ちゃんと一緒に絵本を開きながら、お母さん自身の穏やかな時間が生まれるって、素敵ですよね。

もちろん赤ちゃんだって、聞こえているわけですし、お母さんの、「うふふ、きれい。うふふ、かわいいね」という、他愛ない歓びが、ジンジンと届いていくような気がします。

そういう意味では、赤ちゃんにかかわる周りの方の、言わば大人の絵本であれ、と思って作りました。

 

(2)「自身の五感(毛穴)を通して得た経験が絵(絵本)になっていく」、という発言をよくされています。経験した膨大な情報量を、1枚のシンプルな絵に落とし込むためのコツや大切にされていることなどおありでしょうか?

 

一枚のシンプルな絵に落とし込む・・・、大好きな世界です。凝縮し、象徴づける間(ま)ですかね。これは体験してきた確信です。そんな僕の絵の前に佇んで、あるいは絵本をめくりながら、共感しながら、興味をもっていただきながら、発揚していただけることが、僕の一番の楽しみであり、醍醐味です。

読者との間合いをどう絞り込むか、僕が絵本作家として、絵描きとして、一番自由でわくわくする時です。

 

(3)制作に向き合うご自身の立ち位置を「絵本のプロデューサーのような役割」と『絵本作家という仕事』(講談社)で話されています。お孫さんの誕生により、絵本の対象や作り方などについて、ご自身の中で、変化などがおありでしたか?

 

プロデュ―サー・・・、そうですね、一冊の絵本を世の中に送り出すという、絵本作家という責任者として、自分自身のボーダーをいつも磨いていないといけないと思っています。絵本は、不特定多数の読者に届くもの、言わば現社会の中にあるということの意識です。

原稿にも書かせていただきましたが、たまたま孫が生まれたという現実に、今さらですが、絵本表現の新鮮さを知ったわけです。でも、これはこれです。また別の武者震いが、ぶるるって、来てますし。

それに、釣竿持ってまだまだ出かけなければならない魅惑の世界も、僕を呼んでいて、なかなか、厄介です。

(村上康成)

(『しろいちょうちょがとんでるよ』村上康成 作・絵  /ひさかたチャイルド)

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