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自作を語る 第12弾 新藤悦子さん(児童文学者)

自作を語る 第12弾  新藤悦子さん(児童文学者)

   

『さばくのジン』

新藤悦子 ぶん /荒木郁代 え

(福音館書店)

 

 ジンってなに?

 タイトルを見て首をかしげた人もいることでしょう。ジンは、イスラム世

界でひろく信じられている精霊のこと。

ジンにとりつかれたらひどい目にあうと恐れられ、「ジン」と口にするのさえ

怖がる人もいます。

 目には見えない精霊ですが、中世には細密画に描かれていました。尻尾や

角がある獣のような姿です。とりわけ有名なのが、シヤー・カレムのサイン

が入った作品群で、まるで鬼そっくり!

現在はイスタンブルのトプカプ宮殿博物館に所蔵されていますが、もとは戦

利品で、14〜5世紀に中央アジアで制作された絵巻物と推察されています。

 絵を描いてくださった荒木郁代先生は、イスラム細密画の第一人者。シヤ

ー・カレムのジンの模写を見た時、この絵に物語をつけてみたい、と思った

のがはじまりでした。

 中央アジアの砂漠を舞台に、キャラバンで旅をする少年を主人公に、物語

を考えました。ジンと出会うことになる少年には、シヤーの名を託しました。

少年が弾くケマンチェは、胡弓に似た弦楽器。中央アジアからトルコにかけ

て、さまざまな形で普及して、人の声に近い美しい音色と形容されます。

 少年にケマンチェを手ほどきするお母さんは、ケマンチェをきけばジンは

おとなしくなる、と教えます。そして旅に出る前、「こわいのはジンよりも、

こわいというそのきもち」といいきかせます。

 これは、トルコやイランをひとりで旅していた若い時、わたし自身にいい

きかせていたことです。「怖いと思う気持ちに縛られて、なにもできなくなる

ことがいちばん怖い」と。

日本では忘れていましたが、物語のなかでキャラバンと旅するうち、自然

とその言葉が出てきました。怖いのは自分の心、目に見えないジンは、自分

の心に潜んでいるのです。

 ジンに出会った少年も、お母さんの言葉を思い出し、深呼吸して肩の力を

抜いて、ケマンチェを弾きます。「肩の力を抜く」というのは、楽器に限ら

ず物事をうまく運ばせるコツですが、これがなかなか難しい!自分の心のジ

ンを手なずけることができれば、苦労はしませんよね。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【ミニインタヴューです!】

(1)

「荒木郁代先生は、イスラム細密画の第一人者。シヤー・カレムのジンの模写を見た時、この絵に物語をつけてみたい」と 、「自作を語る」で書かれています。

外国舞台の物語を作る際には、子どもたちに具体的なイメージを与えるビジュアル(挿絵)はとても重要かと思います。一般に、あるいは今回も、その国の文化に精通した新藤さんが、物語だけでなく、絵のイメージや全体の構成までディレクションをされるのでしょうか。

 

「絵」ありきで物語ができたのは、今回が初めてです。

これまでは物語が完成した後、編集者と相談して挿絵の方を決めていました。

写真や細密画などの資料をお渡しして、参考にしながら描いてもらっています。

挿絵ができあがってくると、自分が考えた登場人物なのに、「こういう人だったのか」と感心し、絵のような人がもともといたような気持ちになるのは不思議です。

児童書を書くようになって、絵描きさんと仕事をする機会がふえたせいもあり、

「絵を描ける人」への憧れがますます強くなって、わたしの物語には絵師とかイラストレーターとか絵が得意な子がよく登場するんですよ。

 

 (2)

翻訳という仕事は、その図書を我が国に紹介するというだけでなく、その国の文化や生活を紹介するという意味合いもあるものと思います。この点で、特に心がけていることがありますか?

(これは質問ではありませんが、「ジンは ハンカチを ふって おどりはじめました」という部分、魔物がハンカチを持って踊るという描写は、絵も含めて、異国文化がすっと心に入ってくるシーンだなと感じました。日本の我々が受け入れ易いように「ハンカチ」という訳がになっていますが、本当は、「ハンカチ」では無いのかもしれませんが)

 

わたしの作品は創作で、翻訳とは違いますが、異文化を書く作業は、翻訳しながら書いているところが確かにあります。

心がけているのは、過度に説明しないことです。調べたことなどつい説明したくなるのですが、物語のじゃまをしないように抑えます。

お尋ねの「ハンカチ」ですが、シヤー・カレムの作品にも、ハンカチのような薄手の布をふって踊るジンが登場します。

「ハンカチ」ときくと西欧文化を連想しがちですが、トルコ語でハンカチを意味する「メンディル」はアラビア語起源。

遠くの人に挨拶するときに「メンディルをふる」という言い方もあります。

シヤー・カレムの作品では、ジンのほかにデルヴィーシュたち(イスラム神秘主義の修行僧)もこの踊りをしていることから、「布をふる」動作はシャーマニズムと関係している、という説もあり、そのルーツは古く謎に包まれています。

わたしがぱっと思い浮かんだのは、トルコで見たフォークダンスの「ハンカチ・ダンス」。

「ハンカチをふって踊る」文化は、形を変えながら今も受け継がれているんですよ。

「ジンがハンカチなんか持ってる?」、「ハンカチふって踊るなんてヘン」などと、「ハンカチ」に引っかかってもらえたら、そこが異文化への扉。

説明などなくても、ジンの真似をしてハンカチをふって踊ってみたら、扉の向こうに入りこめるんじゃないか、と思います。

ハンカチをふると動作が大きくなるから、ハイになって楽しいんじゃないかな。

 

(3)

文化の違いにより、時に人は諍いを起こしてしまいます。それでも、最終的に人は分かり合えるものと私個人は思っているのですが、この点について、新藤さんはどのような思いをお持ちでしょうか? また、それに関わる印象深いエピソードが、これまでの「旅」の中でありますか。

また、もし喜怒哀楽という4つの感情を取り上げるとしたら、この中で、人と人とがもっとも共感を得やすい感情はどれだと思われますか?

 

人と人が「わかりあう」のは難しいですよね。恋人でも家族でも、わかりあえないことはあるし、わかりあえない時もあります。

ましてや異文化の人と人がわかりあうのは、簡単じゃない、少なくとも「わかりたい」という気持ちが互いになければ。

そういう気持ち、相手に対する「好奇心」と「寛容」が、お互いに必要不可欠かと思います。

だれに対してもそんなに「好奇心」と「寛容」を抱けるものじゃない、だからわかりあえないことも多い、

でも、「いっしょにいる」ことはできると思います。おなじものを見て、おなじものを食べて、いっしょに過ごす。

恋人とも家族とも異国の人とも、そういう時間が大事で、それができれば、ちょっとくらいわかりあえないことがあっても大丈夫、と思ってます。

だから旅先で出されたものは、とりわけ手料理は、かならず食べるようにしています。

食べることは、人と人が近づく一番の機会。それに続くのは歌とか音楽かな。児童書においしいものと歌が出てくるわけですね。

そう考えると、喜怒哀楽で共有しやすいのは「楽」でしょうか。楽しい時間をともに過ごす、というのが争いを起こさない秘訣なのでは。

 

以下、ちょっと長くなりますが旅のエピソード。

 

イランであるお宅にお客として滞在した時、兵役で前線(イラクとの戦争中でした)に行っていた息子が休暇で帰宅して、

親せき一同が集まってご馳走を用意して、無事の帰宅を祝った夜がありました。

その宴で出された一番のご馳走が羊の頭の煮込み。脳みそと舌と眼球(のまわりのゼラチン)が珍味というのですが、初めて見たので衝撃的でした。

そして、二つしかない眼球のひとつが息子に、もうひとつが異国からの客人であるわたしの皿におかれました。

正直逃げ出したい気分でしたが、一同わたしたちが食べるのを見守っています。主賓であるわたしたちが食べないと、みんなも食べられない。

覚悟を決めて、息子が食べるのにならって、わたしも食べました。味は覚えていませんが、喜びに満ちた一同の声に包まれたことは覚えています。

ふたたび戦場にむかう息子がなにを考えていたか、送り出す家族がどんな気持ちでいたか、本当のところはわかりませんが、

一緒に過ごしたその時間、ごちそうを分かち合ったその夜は、忘れられない記憶です。

戦争中でも人々は食べるし、笑うし、歌う。それなのに戦争するなんて、と思いますね。

(新藤悦子)

 

[新藤悦子(しんどうえつこ)]

愛知県豊橋市生まれ。津田塾大学国際関係学科卒業。

「青いチューリップ」(講談社)で日本児童文学者協会新人賞。

「月夜のチャトラパトラ」(講談社)はトルコ語訳も出版された。

近著に「イスタンブルで猫さがし」(ポプラ社)、「スプーンは知っている」(講談社)など。

 

 

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