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『おいぬさま』

ひなた あおい (元幼稚園教諭)

  『おいぬさま』

原作 柳田國男   文 京極夏彦

絵 中野真典   (汐文社)

 

※代表として、この作品を挙げたが、えほん遠野物語の第二期というシリーズを通しての感想です。

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  八百万の神というものに、興味がある。

 

  日本には山や木や川、何なら日用品のような道具にまで、神様が宿るとする考え方がある。こういう考えに親和性の高い日本に私が生まれ育ったからなのか、私自体がこういう考え方に親和性の高い人間なのかは分からないが、私はこの牴燭砲任眇世宿る瓩箸いθ想がひどくしっくりくる。こうした神々たちは全知全能な訳ではなく、案外俗っぽいところがあったり、弱々しかったりもする。そういう不完全さがまた、私にはいかにも本物らしく感じる。不完全なら神ではないではないか!と言われそうであるが、完全なる100%の神というのはどこかファンタジー、文字通り牋杞颪涼呂劉疣辰里茲Δ亡兇犬襪里澄

 

  この八百万の神説の面白いところは、崇められるものが善にも悪にもなるところだと思う。そう、日本の神様は救いもするし、祟りもする。良い者と悪者がいるのではなく、その神の中に光と陰2つを持ち合わせているのだ。例えば雄大な自然は私たちに与えもするし、破壊もする。そういう自分たちだけではどうしようもない大きなエネルギーを私たち日本人は狄性瓩噺討鵑任たのかもしれない。

 

  そんな説明しづらいこの八百万の神の感覚を上手く捉えた絵本が紹介したシリーズだと感じる。絵や文体を見ると大勢に向けての読み聞かせには適さない気がするし、内容のレベルも子どものためというより、大人である私たちが親身に読み、味わった方がいいように思う。しかし、それとは別のベクトルで、これを大好きな大人の腕の中で大好きなその人の声で聴くことは子どもにとってとても大切なことだとも感じる。おばあちゃんが話すと同じ桃太郎でも何故かお母さんの時より怖く感じる…みたいな、何だ何だと毛穴が開くような、こういう絵本が日本に増えることは重要なことなのではないだろうか。

 

  噛み砕きやすい、飲み込みやすい、気持ちいい絵本だけでは私たちの感覚は、育たない。

 

(ひなた・あおい)

 

 

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