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自作を語る第29回:吉田桃子さん『ラブリィ!』

吉田桃子さんに、ご著書『ラブリィ!』(講談社)をご紹介いただきます!

(2018年第51回日本児童文学者協会新人賞受賞作)

 

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【自作を語る 吉田桃子 『ラブリィ!』(講談社)】

 

「ラブリィ!」は、2016年、第57回講談社児童文学新人賞を頂いた作品です。この物語を書いていた頃、私は、児童文学関連の公募に出しては落選を繰り返し、運よく賞を頂いた時も、それは書籍化まではされないものどまりでした。「いつか自分の本が出せたらいいな」と思い、児童文学にターゲットをしぼって作品を書き始めて10年が経とうとしていました。 そろそろ潮時か……と、思うのとは逆に、こうなったら、ずっと書き続けよう。そのうちなんとかなるだろう、という不思議な開き直りが芽生えたのも、この頃でした。
 子どもさんや、ティーンのみなさんへ向けて物語を書く時、心の中にいつも現れるのは、「かつて子どもだった頃の自分」です。心の中の私は、分厚いレンズの眼鏡をかけ、通っていた中学校のセーラー服を着ています。それも、先生や生徒の目が気になってダサすぎる膝下10センチの校則通りのスカート!(本当は、短いスカートにしたかった。眼鏡はコンタクトにしたくてたまらなかった。)要領のいい子は、教科書を学校に置いておく、いわゆる「置き勉(オキベン)」(私の頃は、こう呼ばれていた。)をしているのに、私は、怒られるのが怖くて、毎日、パンパンにふくらんだ、気が遠くなるほど重いカバンを背負い、通学路をしょぼくれて歩いていました。
 何もかもが最悪だったあの頃の私は、大人になった私に向かって言うのです。
「何故、教えてくれなかったの?」と。
 そのひとつが、「周りが、これが普通だということに疑問を持てよ。自分の心と頭を使って考えてみろ。目に見えるものの、その奥、見えないもののことを考えろ。」ということです。
 もし、当時の中学生の私が、このことについて少しでも真剣に考えてみたら、きっと、もっと自分のことを好きになれた……いいや、自分のことを認められる、というのでしょうか。そうなれていたと思うのです。
 私は、かつて、自分に自信がなく、日常を変えるための小さな一歩をふみだす勇気もなかったダサい中学生だった私に向けて、「ラブリィ!」という物語を書きました。本になった時は、タイムスリップして過去の私に渡してきたい、という思いでいっぱいでした。
「ラブリィ!」は、主人公の中二男子・拓郎が、この世の「見た目至上主義」に疑問を持ち、本当にそれが正しいのだろうか?と立ち止まって考える物語です。人間は、見た目ではなく中身も大切、ということは、所詮、きれいごとだという意見のほうが多いと思います。正直、私も、この物語を書いてからも、そうなのかな? と思うことはあります。だけど、見た目ばかりに価値をおく社会か、その人が持つ目には見えない何かも大切にできる社会、どちらの世界に住みたいかと考えた時、私は、後者を選びます。そして、そう思った時、やっぱりこの物語を書いてよかった、と改めて思うことができました。
(よしだ・ももこ)

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ここからは、作者である吉田桃子さんに、ミニインタヴューです!

 

(1)
「児童文学にターゲットをしぼって作品を書き始めて」とのことですが、
なぜ「児童文学」を選択することにしたのでしょう。きっかけとなった本などがあれば、併せてご紹介ください。

 

――子どもの頃から見ていたテレビ番組(Eテレ※当時は「NHK教育」ですが)や児童書が好きで、そのまま大人になったかんじなので、児童文学もそうですが、子どもをとりまく文化が好きなためだと思います。 ブルーナの「うさこちゃん」(これも、今では「ミッフィー」になっていますが・・・)シリーズが大好きで、翻訳をしたのが石井桃子さん。自分と同じ「桃子」という名前のひとが作っている本だということが、幼い頃、なんだかとても嬉しかったですね。
中高生の頃は、本から少し離れた時期もありました。そのうちに、小説というものは、とんでもなく頭がいいひとがかかわるもので、学校の勉強も嫌いだった自分なんかには関係のない世界だと勝手に線引きしたりしていました。
だけど、物語は好きだったんですね。本を読まない時期は、ラジオで放送されている朗読劇やラジオドラマが大好きでした。そのなかで山田詠美さんの「ぼくは勉強ができない」をやっていて、それを聞いたときは
「ああ、こんなにふつうの日常を、私がふだん考えているようなことを、小説にしてもいいんだ!」と思って嬉しかったです。そのあと、もちろん原作の本も読みました。


(2)
いわゆる「見た目」は、この年頃の子にとって本質的な問題の1つと思います。
一方で、かなりデリケートでもあり、作品のテーマとして使うには思い切りも必要だったのではないですか?

 

――デリケートな問題ですが、どんなひとにも、どんな時にもつきまとう普遍的な問題でもあると思います。物語に出てくる人物といえば、特別な能力があったり、レアなケースをかかえていたりする場合が多いと思うのですが、多くのひとが「あるある」と思えて、さらに、そのことについて改めて考える機会になったらいいなあと思いながら書いていました。
思い切り・・・という点では、この物語を書いていた頃は、私は、まだ本を出したことがない、出版など未知の世界だと思っていましたから、これならウケる、売れる、などという気持ちもまったくない。ただ、自分の心にたまっていたものをエイッと外に放出した、というかんじです。
ですから、あの日、あの時、何者でもない自分だったからこそ書けたのかもしれません。
いま、振り返ってみると、自分の純粋な気持ちがぎゅっとつまっていて、大切な一冊です。


(3)
物語(小説)という作品の形式は、作り手にとって、どのような点が魅力ですか? 
ちなみに、「ラブリィ!」の続編は生まれるのでしょうか?(主人公たちは、1作だけでは終わらないパワーと魅力を持っていると感じましたが)

 

――文章だけだと、その場面を頭のなかで想像することができます。私は、映画も好きですが、血や、痛そうな場面を見るのは、子どもの頃からすごく苦手で、今もそういった場面は見ることができません。ですが、文章のみの小説だったら読むことはできます。
「ああ、この気持ちわかるなあー」と共感して、自分だけじゃないんだと安心したり、逆に、「私にはらわからないけど、こういうひともいるのだ」と知らなかった世界を知ることもできるところが魅力です。
あとは、なにか悶々と悩んでいるとき、とりあえず、何か一冊本を読んでみると、その悩みが解決するわけではないのですが、読む前よりも少し心が軽くなっているときがあります。それも、本(物語)が持つパワーなのだと思いますね。
「ラブリィ!」の続編ですか? ぜひ書き綴ってみたいです! と言いたいところですが、今は、制作中の物語、これから作りたい物語の構築で精いっぱいの状態です。
だけど、私の、他の作品に出てくる登場人物たちには、「ラブリィ!」に出てきた人物たちのおもかげがきっと見えると思うんです。そこは、自分では意識していなくても「出ちゃっている」と思います。「見た目」がテーマのお話も、また書いてみたいし、今でも、ずっと考え続けていますので、
続編にはならなくても、またいつか・・・・・・! 

 

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吉田桃子さん!ありがとうございます!!
ぜひ、読んでいただきたい一冊です。

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